ロンドン五輪銅メダリスト、リオ五輪出場の東レアローズ、迫田さおり選手にお話をうかがいました。リオ五輪のこと、今季のリーグのこと、自身の進退についてなど。
——リオ五輪を振り返っていただけますか。
迫田:点数をとるポジションとしてメンバーに入れさせてもらったのですけど、リオ五輪ではスパイクでのポイントはあまりなかったので、そこはチームの期待に応えられなかったです。スパイカーとしては、なかなか期待に応えられなかったと思ったんですが、リオ五輪のメンバーは12人しか選ばれなくて、五輪のユニフォームを着たくても着られなかった選手もたくさんいました。だから、その人たちの為にも、どんな形でも「1点しっかりとって頑張らなきゃ」という風に思いながら、大会に臨んでいました。

――大会中に杉山祥子さんに毎試合ごとに解説していただいたのですが、あるとき杉山さんが「私、迫田ばっかり褒めてますね。褒めすぎですかね(笑)」とおっしゃってました。
迫田:そんな……(笑)。嬉しいことですけど、そんなに褒めていただけるほどできなかったので、心苦しいです。
——「ユニフォームを着たくても着られなかった選手」というお話しで、オリンピック世界最終予選で、タイ戦のあとでしたか? 苦しいところを勝利して、江畑さんと抱き合っていたのが、とても印象的でした。江畑さんの分まで頑張りましたか? 同じポジションですが、ライバルであり、仲間でもある?
迫田:もちろんです。もちろん、そうですね。江畑とはロンドンの時から同じポジションをしていたので。江畑がずっとレギュラーで、私も頑張らなくちゃって思っていました。リオ五輪のOQTでも、本当に二人で出場権が獲れたことを喜んで、でもリオでは江畑はユニフォームを着られなかった。仲間としてもライバルとしても尊敬していますし、自分よりも素晴らしい選手で学ぶところもたくさんありました。同じポジションとして江畑の為にも頑張らなきゃと思っていました。
——リオ五輪で思い出に残っていることは。
迫田:リオメンバーの中で年齢的に私は上から4番目なんです。上にユメさん(山口舞)、絵里香さん(荒木絵里香)、(木村)沙織さんがいて、そのメンバーといさせてもらう事が多く、話す機会が多くて。先輩の話を聞いていていると、「このメンバーでしっかり戦おう」としていて、一緒に過ごさせてもらった時間は、とてもいい時間でした。滅多にない事だと思うので、本当に印象に残っています。
——(選手村の)マクドナルドに行ったりは?
迫田:最後に行きました。
——他競技を見に行きましたか?
迫田:行かなかったです。バレーは会期中の最初から最後まで試合があるので、行けなかったです。
——リオ五輪で掴めたものは。
迫田:誰もが行けるわけではない場所に、2度も行かせていただいて感謝しています。