
畑野久雄監督 宮迫竜司監督提供
2025年11月24日に急逝された鎮西高校バレーボール部の名将・畑野久雄監督。長年にわたりチームを率いて数々の全国タイトルをもたらし、多くの日本代表選手やバレー界を代表する名選手を輩出し続けました。監督就任50周年を迎えるなど、まさに鎮西高校バレー部の歴史そのものと言える存在でした。
このたび、畑野先生の教えを受け継ぎ、第一線やそれぞれの道で活躍する6名の関係者(元日本代表の朝日健太郎さん、後継者として新監督に就任された宮迫先生、諸隈直樹さん、日本代表として活躍する宮浦健人選手、ビーチバレーとの二刀流に挑む水町泰杜選手、中央大学4年の舛本颯真選手)にお話を伺いました。恩師への感謝と誓いを込めた追悼特集記事をお届けします。
## 鎮西高校 畑野先生 追悼特集
**「鎮西イエロー」と型にとらわれない哲学 元日本代表・参議院議員 朝日健太郎さん
卒業してなお深まる絆
鎮西高校を卒業して30年以上が経ちました。今振り返ると、現役の高校時代に直接指導を受けていた頃の思い出よりも、卒業してからの先生との関わりの方が時間も長く、密度も濃かったように感じます。一昨年、監督就任50周年の記念祝賀会を無事に開催できたことは、節目を共に迎えられたという意味で一番の思い出です。
「鎮西イエロー」を作った自負

カナリアイエローの鎮西ユニフォーム 今年の春高で東山に惜敗して 撮影:坂本清
今や鎮西バレーの代名詞となった黄色いユニフォームの発案者は畑野先生でした。「黄色はどうだ?」という先生のアイディアに対し、初代キャプテンだった私がデザインの細部(背中に「CHINZEI ACE H.S」、パンツの縁に黒ライン)を担当しました。そのユニフォームを纏って挑んだ春高バレーで、我々は全国大会初の決勝進出を果たし、ベスト4の壁を破りました。後輩たちがずっと頑張り続けてくれて、今も毎年優勝候補の一角であり続けてくれていることはありがたいことです。
型がないからこそ輝く個性

朝日健太郎さん 撮影:中西美雁
鎮西バレーにはいわゆる「型」が存在しません。「当たり前のことを当たり前にやれば、負けるわけがない」という畑野先生の指導は非常に高度で哲学的でした。自分たちのバレーを研ぎ澄ますからこそ、選手の個性が消されず独自の輝きを放ちます。宮浦や水町、舛本といったスター選手が次々と生まれたのは、個を尊重するこの土壌があったからだと分析しています。
不思議な縁とお見送り

畑野監督、朝日健太郎さん、現監督の宮迫先生らとともに 宮迫監督提供
先生が亡くなられたその日、私は偶然にも中学校の同窓会で熊本に帰省していました。翌朝東京に戻った直後に訃報が届き、前日まで練習を見て翌朝そのまま静かに旅立たれたと聞きました。「先生が旅立たれた瞬間、自分はふるさと熊本の空気を吸っていたんだ」と思うと非常に感慨深く、熊本で先生をお見送りできたのだと不思議な縁を感じずにはいられません。