道下ひなのが群馬にやってきたとき、バレーボールSVリーグの群馬グリーンウイングスはまだ2部のチームであった。
2022年、当時V2に所属していた群馬銀行グリーンウイングス(現・群馬グリーンウイングス)へ移籍したミドルブロッカーの道下ひなのは、4シーズンを戦った後、2025-26シーズンをもって現役を引退した。
引退挨拶も兼ねたファン感謝イベント直後の取材で、彼女はこう話していた。
「本当にたくさんの方に来てもらって、ありがとうって言葉をたくさん言ってもらって…いっぱいたくさんの方に愛されてたんだなって改めて実感できました。すごく幸せな気持ちです」

現在、彼女は男子SVグロースのレーヴィス栃木で広報スタッフとして活動を始めている。
選手時代から発信力があり、ファンとの距離の近さでも知られた道下にとって、広報への転身は自然な選択だったと言える。
■「2部で長くやるつもりはない」背水の覚悟で群馬へ移籍

北海道帯広市出身の道下は、札幌山の手高校、神戸親和女子大学を経て、2019年にV1のKUROBEアクアフェアリーズへ入団した。ポジションはミドルブロッカー。2シーズンを過ごした後、少し時間をおいて2022年に群馬へ移籍。背番号4を背負い、最終年は副キャプテンも務めた。
KUROBEはすでに一部のチームだった。あえて2部の群馬を選んだ理由について、道下はこう振り返る。
「群馬に初めて練習に来た日、みんなが本当に目をキラキラさせて練習していたんです。ここならもう1回バレーボールが好きになれそうだって思いました。選手としてだけでなく、純粋にバレーボールが好きな人たちの集まりだっていうことがすごく魅力的に思えて」
競技への愛を再確認した道下だったが、移籍当初から彼女の決意は明確だった。
入団にあたって道下は「V2で長くやる気はない」と伝えていたという。
自分の力で群馬を1部に昇格させる、その気持ちで群馬に加入した。
2024年、思いは実現し、群馬はSVリーグに参入を果たす。
晴れてトップリーグの一員となったが、入替戦では勝てず、自力での昇格にはならなかった。
SVリーグの舞台に立てたのはフロントスタッフや運営のおかげ、恩を返すには結果を出すしかないと考えた。
自身や髙相みな実らV1経験者が先頭に立ち、「自分たちはやれる」ことを示すことでチームに勇気を与えるとそう心に決めた。
SVでの初勝利は36戦目。苦しい1年目だった。しかしそこを乗り越えたことで群馬は「勝てる」チームになった。
2シーズン目はクォーターファイナルに進出。上位もうかがえる実力を瞬く間に身に付けた。
■マッチョさんとの絆と、白岩蘭奈とのトリオ

特に大きかったのが、現役時代からマッチョの愛称で親しまれた齋藤真由美監督(現GM)との出会いだ。
齋藤真由美監督と道下はほぼ同時期に入団した。
「マッチョさんとの出会いが本当に大きくて、人としても成長させてもらいました。マッチョさんが作るチームは本当に全員に平等にチャンスがあるし、みんながみんなを思いやるというチームの形だった。それが自分の中で大きなものだった」
「全員バレー」という言葉はよく聞くが、齋藤真由美がV2時代に作ったチームはこれまでの常識からは大きくかけ離れたものだった。スタメンを固定せず、全員に出場のチャンスがあるチームだった。
ポジションすら超越し、リベロの栗栖留生はセッターを、菊地実結は全てのポジションを経験した。
負ければそのやり方に批判も出る。その中で道下はチームで戦うことを学び、成長の糧としていった。
白岩蘭奈(現マーケティング担当)との3年間もかけがえのないものだった。
V2時代、2人はチームを盛り上げる存在としてファンの前に頻繁に姿を見せ、共に群馬の成長を支えた。
「何かあった時に頼るのはランさんだったし、辞めてからも近くにいてくれた。試合のたびにたくさん声をかけてくれた」
道下の引退に先立ち、前シーズンに齋藤は監督を退任、白岩も現役を引退している。
「もし自分がバレーから離れるとしても、2人が私にしてきてくれた多くのことはずっと自分の中に残っていくと思います」
■坂本将康監督の指導と、「もう一度戦う」決意

一方で、坂本将康監督(2025-26シーズンから指揮)からは技術面で大きく磨かれたという。
「坂本さんと出会ってバレーボールが上手くなったなって自分でも思う」
と道下は語る。
序盤から「最後のシーズンにする」と坂本に伝えていた。後輩を育ててほしいと自ら願い、塩崎葵葉や佐藤莉子ら若手がコートに立つことに
「何の悲しみも悔しさもなく、むしろ嬉しかった」
と言う。
「私は大丈夫、もう十分だから」
道下の中で自身がコートに立つ、プレーで躍動するという気持ちは消えかけていた。
しかし、シーズン中盤、ベンチ外が続いたとき坂本から
「このままでいいのか。このままバレーボール人生終わっていいのか」
と問われ、「心の火を消すんじゃないぞ」「もっとやれるぞ」「闘争心消しちゃダメだ」と励まされた。
そこから道下は再びコートに立ち、最後までプレーした。
「坂本さんが自分を信じてコートに入れ続けて、そこまで考えてくれたことが本当に嬉しい」
と振り返る。クォーターファイナル(対SAGA久光スプリングス)にも出場し、群馬初のチャンピオンシップをコートの中で戦った。
坂本からかけられた「6年よく頑張ったね」という言葉を思い返し、道下は「『よくやった』って思ってくれたみたいです」と微笑む。
■バレーボールが大好きなまま終われることが、選手としての一番の幸せ

引退の理由は一つには絞れないが、44試合という長丁場(今季より38試合に圧縮)が過酷だったのは事実だ。これをずっと続けるのは無理だと感じたという。
環境の変化の中で、徐々にチームから仲間も巣立っていく。
「自分は残されたけど、これからやっていけるのかな」
不安や寂しさも大きくなっていった。
そうした中で1年頑張った。
「やれることはやった」と判断した道下は、選手生活に幕を下ろした。
「バレーボールが大好きなまま終われるっていうことが、選手としての一番の幸せです」と語る。
道下の選んだ次の道はチーム広報だ。
「バレーから全く離れるという選択もあったんですけど、ここまで頑張ったので、もう少しバレーに携わらせていただこうかなって」
今後は男子SVGのレーヴィス栃木で広報として、選手時代に培った経験と発信力を活かしていく。
ファンの方にこんなに応援してもらえるバレーボール人生になるとは思っていなかった、と道下は話す。
「皆さんの応援がなければ、6年間プレーすることは本当になかったです。これでさよならではないというか、またいつか絶対に会えると思うので、その時には笑顔で『久しぶり』『群馬頑張ってるね』って言い合えたらいいですね」
道下ひなのが駆け抜けたVリーガーとしての6年間。
2部の群馬に飛び込み、V2の苦闘からトップリーグでの成長、そして後輩への思いと自身の闘争心の間で揺れながらも、最終的に「バレーが大好きなまま」選手生活を締めくくることができた。
その経験をこれからは広報として繋いでいく。
道下ひなのの物語は次の章へと進んだ。
撮影 堀江丈